第 1 章  Value Semantics

Swift が値型中心の言語になれた理由とその使い方

前ページで見たように、 Swift の標準ライブラリで提供される型はほぼすべてが 値型 で Value Semantics を持っています。このような言語は稀です。 値型 が ミュータブルクラス と イミュータブルクラス のいいとこ取りをできる優れものなら、なぜ他の言語はそれを採用しないのでしょうか。 Swift にそれができた理由は何でしょうか。筆者は、次の二つがその理由だと考えています。

これらに基づいて Swift が 値型 中心の言語になれた理由を示し、また、 値型 に適したコードの書き方を説明します。

Swift の標準ライブラリはコレクションも値型

多くの言語では、 Array や Dictionary などのコレクションは 参照型 です。

たとえば、 Python の List ( Swift の Array に相当)は 参照型 なので、次のようなことが起こります。

# Python
a = [2, 3, 4]
b = a
a[2] = 5
print(b)  # [2, 3, 5]

Reference Semantics を持っているので a[2] を変更すると b[2] も変更されました。

同じことを Swift の Array ですると次のようになります。

// Swift
var a = [2, 3, 4]
var b = a
a[2] = 5
print(b) // [2, 3, 4]

Value Semantics を持っているので a[2] を変更しても b[2] には影響を与えません。このように、 Swift のコレクションは他の多くの言語のコレクションと異なります。

しかし、コレクションが 値型 なのは一見すると合理的でないように思えます。 値型 のインスタンスは変数に代入されたり引数に渡されたりする度にコピーされます。 100 万個の要素を持つ Array インスタンスが関数の引数に渡されただけで 100 万個丸ごとコピーされるようでは、パフォーマンスが悪すぎて使い物になりません。

let a = Array(1...1_000_000)
sum(of: a) // コピーされる?🤔

Swift のコレクションは、 Copy-on-Write という仕組みを使って Value Semantics とパフォーマンスを両立しています。 Copy-on-Write は、簡単に言うと必要なときだけコピーが行われる仕組みです。上記の例では、 sum(of:) に渡された Array インスタンスが sum(of:) の中で変更されることはないので、 Array が共有されても変更の独立性に影響を与えません。そのためコピーは必要なく、省略されます。 Copy-on-Write の挙動と仕組みの詳細については “付録” > “Copy-on-Write” を御覧下さい。

コレクションを使わずにコードが書けることは滅多にありません。コレクションが 参照型 であるということは( イミュータブル なコレクションしか使わないというのでない限り)、「意図しない変更」や「整合性の破壊」のような問題と付き合っていかなければならないということです。

たとえば、 C# は Swift と似た struct を持ちますが、コレクションは 参照型 です。そのため、 値型 中心のコードを書こうとしてもすぐに 参照型 が混入してしまいます。 Swift は Copy-on-Write を用いることで 値型 のコレクションを実現しました。コレクションも 値型 なので、 Swift では 値型 と Value Semantics 中心のコードを書くことが可能なわけです。

Swift は値型の使い勝手を向上させる言語仕様が豊富

値型 中心の標準ライブラリを提供するだけで 値型 中心の言語が実現されるわけではありません。いくら標準ライブラリの型のほとんどが 値型 でも、肝心の 値型 の使い勝手が悪いと単に不便なだけです。

前ページで ミュータブルクラス と 値型 のコードを比較し、 値型 は ミュータブルクラス のように変更が容易であると説明しました。しかし、前ページのような単純なケースではなく、より複雑なケースでは一筋縄にいかないこともあります。 Swift にはそのようなケースに対処するための言語仕様が豊富に備わっており、 値型 の使い勝手向上につながっています。

ここでは、次の各項について Swift が 値型 の使い勝手をどのように改善しているかを見ていきます。

安全な inout 引数

前ページでは User にポイントを付与する例を取り上げました。ここでは、逆にポイントを消費する例を考えてみましょう。単純に考えれば次のようになります。

user.points -= 100

しかし、これではポイントが 0 より小さくなってしまうかもしれません。ポイントを消費するコードを書く度に、ポイントが足りているかチェックするのは大変です。チェックを含めて consumePoints という関数にしましょう。

User が ミュータブルクラス の場合には次のように書けます。

// ミュータブルクラスの場合
func consumePoints(_ points: Int, of user: User) throws {
    guard user.points >= points else {
        throw PointsConsumptionError()
    }
    user.points -= points
}

let user: User = ...
try consumePoints(100, of: user)

guard 文でポイントが足りるかをチェックし、足りない場合はエラーを throw します。ポイントが足りるなら user.points -= points でポイントを減らします。

値型 の User に対して同じことをしようとするとどうなるでしょうか。 User が struct の場合、同様のコードはコンパイルエラーになります。引数で渡された user は定数扱いなので変更することができません。

// 値型の場合
func consumePoints(_ points: Int, of user: User) throws {
    guard user.points >= points else {
        throw PointsConsumptionError()
    }
    user.points -= points // ⛔
}

では、次のように一度変数に代入してから変更すれば良いのでしょうか。しかし、このコードでは user.points -= points で行われた変更を関数の呼び出し元に反映することはできません。

// 値型の場合
func consumePoints(_ points: Int, of user: User) throws {
    var user: User = user // 変更できるように変数に代入してみたが
    guard user.points >= points else {
        throw PointsConsumptionError()
    }
    user.points -= points // 呼び出し元に変更が反映されない😵
}

var user: User = ...
try consumePoints(100, of: user) // ポイントは減らない😵

var user: User = user で User インスタンスがコピーされているからです。

この問題を解決してくれるのが inout 引数です。 inout 引数を使えば、 値型 のための consumePoints を次のように書けます。

// 値型の場合
func consumePoints(_ points: Int, of user: inout User) throws {
    guard points <= user.points else {
        throw PointsShortError()
    }
    user.points -= points // コンパイルが通り、変更も反映される✅
}

var user: User = ...
try consumePoints(100, of: &user) // ポイントが減る😄

inout 引数は、引数に渡された値が関数の中で変更された場合、その変更を呼び出し元に反映します。そのため、 consumePoints の中で user のポイントを減らすと、それを呼び出し元の User インスタンスのポイントを減らすことができます。

User が ミュータブルクラス の場合のコードと比べても、関数の宣言部で inout が、呼び出し元のコードで & が増えただけで、コードを書く労力はほとんど変わりません。 inout や & を記述しなければならないのも、手間が増えたというより、 値型 にとって不自然な挙動を引き起こすための明示的な意思表示と考えればむしろ有用なものと言えます。

「 値型 にとって不自然な挙動」と書きましたが、 inout 引数のような機能は、一歩間違えると Value Semantics を破壊する危険なものです。 Swift は、 inout 引数を通して危険な操作ができないように注意深く設計されています。 Swift の inout は第一級ではなく、 inout な変数やプロパティを作ったり、 inout な戻り値を作ったりすることはできません。

// Swift ではこんなことはできない⛔
func foo(_ x: inout Int) -> inout Int {
    return &x
}

var a = 2
var b = &foo(&a)
a = 3    // b も変更される
print(b) // 3

PHP ではこれができるため、注意深く使わないと Value Semantics を破壊してしまうことがあります。

<?php
function &foo(&$x) {
  return $x;
}

$a = 2;
$b = &foo($a);
$a = 3;  // b も変更される
echo $b; // 3
?>

このように、 inout は便利ですが、一方で Value Semantics を破壊する可能性を秘めた諸刃の剣でもあります。 Swift の inout 引数は Value Semantics を破壊しないように注意深く設計されているため、安心して利用することができます。

mutating func

consumePoints を関数ではなくメソッドとして実装することを考えてみましょう。

ミュータブルクラス の場合、 consumePoints メソッドは次のように書けます。

// ミュータブルクラスの場合
extension User {
    func consumePoints(_ points: Int) throws {
        guard self.points >= points else {
            throw PointsConsumptionError()
        }
        self.points -= points
    }
}

let user: User = ...
try user.consumePoints(100)

値型 では、メソッドがインスタンスに変更を加える場合に mutating 修飾子が必要になります。 consumePoints メソッドも points プロパティに変更を加えるため、 mutating func でなければなりません。

// 値型の場合
extension User {
    mutating func consumePoints(_ points: Int) throws {
        guard points <= self.points else {
            throw PointsShortError()
        }
        self.points -= points
    }
}

var user: User = ...
try user.consumePoints(100)

この mutating 修飾子は何のためにあるのでしょうか。さっき作った関数の consumePoints と、今作ったメソッドの consumePoints を見比べてみましょう。

結論を出す前に、急がば回れでもう少し根本的なところから考えてみます。一度 inout 引数や mutating 修飾子のことは置いておいて、普通の関数とメソッドのことを考えてみましょう。関数とメソッドにはどのような関係があるのでしょうか。

メソッドは、暗黙的な引数 self を省略した関数と考えることができます。次のコードを見てみて下さい。

// 関数
func bar(_ self: Foo, _ x: Int) {
    print(self.value + x)
}

// メソッド
extension Foo {
    // 暗黙の引数 `self` を持つ
    func bar(_ x: Int) {
        print(self.value + x)
    }
}

↓は、上記の bar 関数と bar メソッドを使うコードです。次のように呼び出すと同じ結果が得られます。

let foo: Foo = ...

// 関数
bar(foo, 42)

// メソッド
foo.bar(42)

このように見比べると、メソッドでは foo. と書くことで、 foo が暗黙的な引数 self として bar メソッドに渡されていると解釈することができます。この考え方は突飛なものではなく、 Python 等の一部の言語ではメソッドの宣言時に引数 self を明記します。

# Python
class Foo:
    def bar(self, x):  # 暗黙の引数 `self` を明記
        print(self.value + x)
    ...

foo.bar(42)  # 利用時には引数として渡す必要はない

さて、これで関数とメソッドの関係がわかりました。それでは、本題に戻って二つの consumePoints を見比べてみましょう。

// 値型の場合

// 関数
func consumePoints(_ points: Int, of user: inout User) throws {
    guard points <= user.points else {
        throw PointsShortError()
    }
    user.points -= points
}
try consumePoints(100, of: &user)

// メソッド
extension User {
    mutating func consumePoints(_ points: Int) throws {
        guard points <= self.points else {
            throw PointsShortError()
        }
        self.points -= points
    }
}

try user.consumePoints(100)

そうすると、関数版の引数 user が、メソッド版の暗黙の引数 self に相当していることがわかります。しかし、 user はただの引数ではありません。 inout 引数です。つまり、 mutating 修飾子は、暗黙の引数 self に inout を付けることに対応していると考えられます。

inout 引数を使うと、関数の中で加えられた変更を呼び出し元に反映することができました。 mutating なメソッドも同様です。メソッドの中で self に加えられた変更を、呼び出し元のインスタンスに反映することができます。 mutating を付与することは、暗黙の引数 self に inout を付けるのと同じ意味を持つわけです。

これで mutating 修飾子の役割はわかりました。以下では、さらにもう少し mutating を掘り下げみます。

inout 引数に定数を渡せないのと同じように、定数に対して mutating func を呼び出すことはできません(より正確には、定数だけでなく 左辺値 でない値を渡すことはできません)。たとえば下記のコードでは、 let で宣言されている owner プロパティに対して consumePoints を呼び出しているので、関数・メソッドのどちらの場合でもコンパイルエラーになります。

struct Group {
    let owner: User
    ...
}

var group: Group = ...
try consumePoints(100, of: &group.owner) // ⛔
try group.owner.consumePoints(100)       // ⛔

この挙動は当たり前に思えるかもしれませんが、 C# では異なる挙動をします。同様のコードを C# で書くと、関数の場合はコンパイルエラーになりますが、メソッドの場合はコンパイルエラーになりません。コードを実行することができます。しかし、実行してもポイントは減りません。

// C#
public struct Group {
    public readonly User owner;
    ...
}

ConsumePoints(100, ref group.owner); // ⛔
group.owner.ConsumePoints(100); // コンパイルが通り、実行してもポイントは減らない😵

どうしてこんなことが起こるのでしょうか。

C# は inout 引数相当の言語仕様を持ちますが、 mutating func に相当するものを持ちません。そのため、 nonmutating なメソッドと mutating なメソッドをコンパイラが区別して扱うことができません。これは 値型 定数( C# では readonly )のメソッドを呼び出した場合の挙動について、次のような悩ましい問題を生みます。

nonmutating なメソッドと mutating なメソッドを区別できないということは、あるメソッドがあったときに、そのメソッドが self を変更し得るかどうかコンパイラにはわからないということです。では、 値型 定数に対するメソッド呼び出しを、コンパイラはどのように扱えば良いでしょうか。もしそのメソッドが mutating だと、定数が変更されてしまうかもしれません。そんなことは許されません。 値型 定数に対するメソッド呼び出しをすべてコンパイルエラーにしてしまえば、定数が変更される事態は避けられます。しかし、それでは self を変更しない nonmutating なメソッドも、すべて禁止されることになってしまいます。さすがにそれは使い勝手の面で現実的ではありません。

そこで、 C# では 値型 定数のメソッドを呼び出す場合、次のような戦略をとっています。

  1. インスタンスの暗黙的なコピーを生成する。
  2. そのコピーに対してメソッドを呼び出す。

Swift のコードで表してみます。 Foo が 値型 、 bar が mutating なメソッドだとして、次のようなコードを考えます。

let foo: Foo = ...
foo.bar()

このとき、 C# では↓のように変換して実行されます。

let foo: Foo = ...
var _foo: Foo = foo // 1. 暗黙的なコピーを作成
_foo.bar()          // 2. コピーのメソッドを呼び出す

暗黙的なコピー _foo に対して加えられた変更は即座に破棄されるため、 foo が変更されてしまうことはありません。これによって、

を両立しているのです。

しかし、 C# のこの仕様は、 値型 定数に対して mutating なメソッドを呼び出すと、インスタンスの状態変更が無視されるという結果を生みます。

値型 定数に対して mutating なメソッドを呼び出しているのはコードのミスである可能性があり、コンパイラによって検出されるのが望ましいです。 C# の仕様では、そのようなミスがコンパイルエラーどころか実行時エラーにもならずに黙殺されます。これは、原因究明の難しいバグにつながりかねません。 Swift では、 mutating func が通常のメソッドと区別され扱われることで、このようなミスがコンパイルエラーとして検出されます。

mutating func は Swift を学んだ人であれば誰でも知っているような基礎的なものです。しかしこのように掘り下げてみると、 値型 とうまく付き合うために大きな役割を果たしてくれていることがわかります。

Computed Property を介した変更

Swift では、 Computed Property を Stored Property と同じように扱うことができます。 Computed Property を介して状態を変更することも可能です。

先程の owner プロパティが Computed Property だったとしましょう。

struct Group {
    var owner: User {
        get { members[0] }
        set { members[0] = newValue }
    }
    ...
}

この場合でも、 owner プロパティを介して状態を変更することができます。

group.owner.points = 0 // ✅

これができるのは自然なことに思えるかもしれません。しかし、 値型 にとってこれはそれほど自然なことではありません。

Computed Property はプロパティのふりをしたメソッドのようなものです。 owner が Computed Property ではなくメソッドだったらと考えると、上記のコードで状態を変更できることが不自然に思えてきます。

// owner がメソッドだったら
struct Group {
    func owner() -> User {
        members[0]
    }
}

User が 値型 の場合、 owner メソッドの戻り値に対して変更を加えようとするとコンパイルエラーになります。

// 値型の場合
group.owner().points = 0 // ⛔

今 User は 値型 なので、 group.owner() の戻り値は return される際にコピーされたものです。コピーされた User インスタンスは、 group.owner().points = 0 が実行される間、一時的にメモリ上に存在するだけです。一時的な存在の User インスタンスに変更を加えても( points を 0 にしても)、その結果は破棄されてしまうので意味がありません。そのような無意味なケースを Swift コンパイラはコンパイルエラーとして検出します。

では、 owner が Computed Property の場合には、どうして points の変更結果を group に反映することができるのでしょうか。それは、たとえば group.owner.points = 0 の実行時には次のような手順で処理が行われるからです。

  1. group.owner の get を用いて User インスタンスのコピーが返される。
  2. そのコピーの points が 0 に変更される。
  3. 変更を加えられたコピーが group.owner の set の newValue として渡され、変更が group に反映される。

group.owner.points = 0 という一つの式が実行される間に owner プロパティの get と set がそれぞれ異なるタイミングで呼び出されることによって、 Computed Property を介した状態の変更が実現されているわけです。

inout 引数や mutating func 同様に、これも 値型 の使い勝手を向上させるために欠かせない言語仕様です。 User が ミュータブルクラス であれば、 group.owner.points = 0 ができるのは当たり前です。 User が 参照型 であれば、 owner プロパティが返すインスタンスは group と共有されることになります。そのインスタンスに変更を加えれば、その変更は当然 group とも共有されます。 値型 においても同じように group.owner.points = 0 と書けるようにするには、 Computed Property を介しても変更を反映できる仕組みが必要なわけです。

Computed Property に加えて、 subscript を介した変更も同じように動作します。

group.members[i].points = 0 // ✅

これも User が 値型 のときには、

  1. subscript の get
  2. points の変更
  3. subscript の set

の順に実行されます。

さらに、 Computed Property や subscript を介した変更は、 inout 引数や mutating func と組み合わせることもできます。

// 値型の場合

// inout 引数との組み合わせ
try consumePoints(100, of: &group.owner) // ✅

// mutating func との組み合わせ
try group.owner.consumePoints(100) // ✅

Swift を使っていると当然のようにこれらの恩恵を受けていますが、他の言語と比較してみると、それがいかに 値型 の使い勝手を向上させているかがわかります。たとえば、 C# ではどのパターンも Swift と同じような挙動にはなりません。

// C#
group.Owner.Points = 0; // コンパイルエラー⛔
ConsumePoints(100, ref group.Owner); // コンパイルエラー⛔
group.Owner.ConsumePoints(100); // コンパイルが通り、実行しても何も起こらない😵

高階関数と inout 引数の組み合わせ

これまでの例では単一の User に対する変更を取り上げてきました。ここでは複数の User 、つまり [User] に対する変更を考えてみましょう。

User が ミュータブルクラス の場合、特別なことは何もありません。 for-in ループで User を一人ずつ取り出して変更を加えるだけです。 [User] に格納された全 User に 100 ポイントを付与するコードは次のようになります。

// ミュータブルクラスの場合
let users: [User] = ...
for user in users {
    user.points += 100
}

User が 値型 のとき、これと同じことをやろうとすると一筋縄ではいきません。まず、 for-in ループのループ変数はデフォルトで定数なので、そのままではコンパイルエラーになります。

// 値型の場合
var users: [User] = ...
for user in users {
    user.points += 100 // ⛔
}

だからといって user を変数にすれば良いわけではありません。 var user にしてループの中で user を変更したからといって、それが users に反映されるわけではありません。 users から一人のデータをコピーして user に格納しているだけだからです。コピーに変更を加えても、オリジナルには反映されません。

// 値型の場合
var users: [User] = ...
for var user in users {
    user.points += 100 // コンパイルが通り、実行しても何も起こらない😵
}

このようなケースでの一般的な対処法は、インデックスを介して状態を変更することでしょう。

// 値型の場合
var users: [User] = ...
for i in users.indices {
    users[i].points += 100 // コンパイルが通り、変更も反映される✅
}

しかし、別の方法もあります。それは、次のような modifyEach メソッドを導入することです。

extension MutableCollection {
    mutating func modifyEach(_ body: (inout Element) -> Void) {
        for i in indices {
            body(&self[i])
        }
    }
}

この modifyEach メソッドを用いると、次のようにして [User] に格納された全 User インスタンスの状態を変更することができます。

// 値型の場合
var users: [User] = ...
users.modifyEach { user in
    user.points += 100 // コンパイルが通り、変更も反映される✅
}

modifyEach メソッドは引数 body にクロージャを受け取る高階メソッドです。 map や filter などの仲間と考えることができます。おもしろいのは body が inout 引数を持っていることです。上記の例では、 modifyEach に渡すクロージャは引数 user を受け取りますが、これが inout 引数になっています。そのため、クロージャの中で user に加えられた変更が users に反映されるわけです。

残念ながら modifyEach については swift-evolution で議論されたことはあるものの、標準ライブラリに加えられるには至っていません。しかし、 Swift 4 で追加された reduce(into:_:) というメソッド(API リファレンス)は modifyEach と同じように inout 引数と高階メソッドを組み合わせたものです。

extension Sequence {
    func reduce<Result>(
        into initialResult: Result,
        _: (inout Result, Element) throws -> ()
    ) rethrows -> Result {
        ...
    }
}

従来の reduce メソッドは関数型言語由来で 値型 との相性がよくありませんでした。

let idToUser: [Int: User] = users.reduce([:]) { result, user in
    var result = result
    result[user.id] = user // O(N): ここで Dictionary 全体をコピー😵
    return result
}

reduce(into:_:) の追加により 値型 との親和性が高まりました。

let idToUser: [Int: User] = users.reduce(into: [:]) { result, user in
    result[user.id] = user // O(1) 😄
}

このように、高階関数(メソッド)と inout 引数を組み合わせは、実際に Swift 標準ライブラリの中でも活用されています。

なお、 modifyEach 相当のことは、将来的には Ownership Manifesto の中で示されている for-in ループと inout の組み合わせでできるようになる可能性があります。

// 値型の場合(将来的にできるようになるかもしれないこと)
var users: [User] = ...
for inout user in users {
    user.points += 100 // コンパイルが通り、変更も反映される✅
}

値型とミュータブルクラスの使い分け

これまで、 値型 を使うことで ミュータブルクラス と イミュータブルクラス のいいとこ取りができること、 Swift には 値型 の使い勝手を向上する言語仕様が充実していることを見てきました。しかし、 値型 も万能ではありません。すべてを 値型 にすることが必ずしも望ましいわけではありません。 値型 に固執しすぎるとかえってコードを複雑化してしまうこともあります。 値型 と 参照型 を適切に使い分けることが重要です。

参照型 といっても、 Swift において イミュータブルクラス を作るべきケースはほとんどありません。 イミュータブルクラス がほしくなったら struct や enum などの 値型 で代替できないか考えてみるのが良いでしょう。注意が必要なのは、何かの型を イミュータブルクラス の代わりに struct で実装しようとする場合、必ずしもその struct は イミュータブル でなくても良いということです。

イミュータブルクラス が求められる最大の理由は Value Semantics です。たとえば、多くの言語で String は イミュータブルクラス ですが、それは Value Semantics のためです。 Swift の String は ミュータブル な struct ですが、それが問題になったという話は聞いたことがありません。 Swift の String は ミュータブル でも Value Semantics を持っているからです。 String に求めらているのは イミュータビリティ ではなく Value Semantics なのです。

問題は 値型 と ミュータブルクラス をどのように使い分けるかです。これは、言い換えると Value Semantics と Reference Semantics をどのように使い分けるかという問題です。

分類上は、次のような 4 種類の型を考えることができます。

Value Semantics を持つValue Semantics を持たない
Reference Semantics を持つイミュータブルクラスミュータブルクラス
Reference Semantics を持たない(普通の) 値型使い勝手が良くない

しかし、前述のように、 イミュータブルクラス は 値型 に置き換えれば良いことがほとんどです。また、 “Value Semantics とは” で見たように、 Value Semantics も Reference Semantics も持たない型は使い勝手が良くありません。そう考えると、 値型 か ミュータブルクラス かの選択というのは、 ミュータブル な型に Value Semantics を持たせるのか Reference Semantics を持たせるのかの選択だと言えます。

そのような場合にどちらが望ましいかはケース・バイ・ケースで、一概に線引きをするのは困難です。判断に迷った場合に筆者がおすすめする方法は、まず( Value Semantics を持つ普通の) 値型 で実装し、それでうまくいかない場合に ミュータブルクラス ( Reference Semantics )を検討するというものです。 Value Semantics を持たない型の利用を最小限に留めることで、「意図しない変更」や「整合性の破壊」などの発生機会を最小化し、問題のコントロールが容易になります。

そのときに、 Value Semantics を持つ世界・持たない世界を分離しておくことが重要です。 Value Semantics を持つ世界では共有にまつわる問題を気にする必要がありません。 Value Semantics の世界をどれだけ広げられるかというのが、設計における一つのポイントになるでしょう。これは、 参照型 中心の言語で イミュータブル な世界を分離して、できるだけ広げる努力をするのと本質的に同じことです。

値型 には イミュータブルクラス よりも状態の変更が容易であるという特性があります。そのため、 Value Semantics をとるか、変更の容易さを取るかというトレードオフにおいて、 Swift では他の言語よりも Value Semantics を採用するハードルが低いと言えるでしょう。

まとめ

値型 は ミュータブルクラス と イミュータブルクラス のいいとこ取りをした存在で、 Swift はその 値型 を中心とした言語です。 値型 中心の言語はめずらしいですが、 Swift でそれが可能だった理由は、筆者は次の二つだと考えています。

前者は Copy-on-Write による効率の良い 値型 コレクションによって、後者は次のような言語仕様によって実現されています。

Swift は進化の途上であり、 for-in ループと inout の組み合わせなど、今後さらに 値型 の使い勝手が改善されていくものと思われます。

ただし、 値型 も万能ではありません。 値型 と ミュータブルクラス を適切に使い分ける必要があります。どちらを採用すべきかわからないときは、まず 値型 で始め、問題が生じたら ミュータブルクラス を検討することをおすすめします。